■系統確立への道@
若大将系 及川 茂鳩舎(新日本連合会) 今回から始まる本シリーズでは、様々な系統確立への先人の創意工夫の跡をたどる。第一回目は、若大将系である。濃い近親配合によって創り上げられたこの系統は、その名の通り、ずば抜けた”早熟”性によって、日本鳩界に確固たる位置を占める。 |
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いまから約10年前の写真。故ボスチン氏と→ 1990年チャンピオンダイジェスト5月号掲載から |
早熟で飛ぶ系統
一平方メートルの鳩舎。ここから、若大将系の歴史が始まる。鳩キチの高校生だった及川さんが、ある日 1個の卵を譲り受けて来た。成長したヒナは、100Kから1000Kまで、常に及川鳩舎トップで帰還するようになる。100K2位、4位、8位、10位、200K4位、500K3位、13位、600K2回優勝、9位、21位、700K4位…。そうして初めて参加した1000Kでは、当目帰り全国総合優勝。自動車をかっさらってしまった。「これはいままで自分が飼った鳩とは、明らかに違うと思いました。なにしろ、卵を抱かせたら、絶対トップで帰って来る。もう絶対、100%なんだから。普段は神経質で、あんなに逃げまわるのに。そこまで徹底している鳩は、いままで飼ったことがなかった」この鳩が、若大将号。記念すベき若大将系の第1号レーサーである。卵を譲り受けたのは、当時の及川さんの師匠格にあたる太田米蔵)さんからである。若大将号の両親、いまでは若大将ママ号、若大将パパ号と呼ばれる両親は、当時、太田鳩舎最高の種鳩だった。若大将号の飛びっぶりに魅せられた及川青年は、この両親をも強引にくどき落とし、手に入れた。そうして、このペアによる1番仔は種鳩に、2〜4番仔は他人に譲り、5番仔をレースに出す。これが二代目若大将号である。「いまなら、5回もヒナひかない。当時、学生でしたから、かなり無茶したんですね」二代目若大将号は、”若大将系”命名の由来を実証するような鳩であった。生後わずか9ヶ月で1100Kグランプリ参加。悪天レースにもかかわらず、総合優勝を遂げてしまう。しかも翌71年にはその一番仔が当才で200K総合優勝。さらに72年には、孫がやはり当才鳩で400K総合優勝。このように、大変早熟で、”若くても飛ぶ”。それが”若大将系″命名の由来なのである。「しかも若大将系は、1羽が飛ぶと必ずその兄弟も飛ぶ。兄弟が飛んだら必ず、その仔も飛ぶ。記録鳩の仔は90%以上飛ぶ。普通は、飛んですぐの直仔は飛ばないが、若大将系は必ず飛びます」源鳩・若大将ママとパパの直仔でレースに使ったのは、以上の2羽のみ。しかも2羽とも総合優勝を遂げた。この2羽、若大将号と二代目若大将号こそは、若大将系の黎明を告げる基礎鳩である。
■若大将パパ号 36−5112 B ♂ 及川鳩舎最高秘蔵種鳩 ※ 上記ママ号と共に、太田米蔵氏から買い取った鳩。ママ号と違って、クロ目であるため、当時の及川氏はあまり好きではなかった。「しかし、いま思えば、クロ目の鳩は、源鳩には必要。有名な系統を見ても、源鳩には濃い目の鳩が多い」と及川氏。後に、M若大将号などでクロ目が出るが、これは素晴らしいレーサーとなった。 |
確立期の立役者
若大将系が系統として真に確立したのは、若大将菊花号の活躍した時期からといえよう。当時の及川鳩舎は10回レースをすれば8回は連合会優勝を独占する程の破竹の勢い。周囲からは若大将系「小さな連舎会だから勝てるんだ」といったやっかみ半分の声も開かれ始めた。血気盛んな大学生だった及川さんには、これが我慢ならぬ。それなら全国区で実力を証明しようと、初めて国際鳩舎レースに委託した。結果、国際鳩舎始まって以来初の700K当日唯一羽帰り)で総合優勝。これが若大将菊花号である。以後、誰も何も言わなくなった。実力が証明されれば、それで良かった。及川さんとしては最初で最後の委託レースである。菊花号は若大将系の実力を示したと同時に、その配合の仕方が後に述べるように典型的な若大将系近親配舎であることによって、まさしく若大将系確立の立役者となった。さらにもう1羽の立役者もまた、忘れてはなるまい。パーフェクト若大将号である。この鳩について及川さんは「若大将系一番の銘鳩。過去最高の種鳩」といってはばからない。なにしろ、「猫みたいに、目が光る」というのである。「薄暗いところで、ランランと目だけ光っている。30年飼ってて、こんな鳩見たことない」なかば伝説的である。自身がそういう目だからなのか、直仔は600Kの時、日没後30分して帰り、さらにその30分後、つまり日没1時間後にその同腹が帰ってきた。後者は、その名もずばり、コウモリ若大将号という。パーフェクト若大将号は、ヒナの時に既に将来の大器を見込んで「パーフェクト」の名を冠された。通り、凄まじいまでの仔出しの良さを示した。ロコミで評判を呼んで、兄弟はすべて他鳩舎に持っていかれ、及川鳩舎には現在1羽も残っていない。
しかも、兄弟を持って行った12鳩舎では、すべて優勝鳩が出ている。本家の及川鳩舎に至っては、上記に示すように総合優勝のオンパレードである。現在活躍する若大将系のほとんどすべてに、このパーフェクトの血が流れる。「パーフェクト号からは、何しろカスは1羽も出ていない。87年に、17歳で死にましたが、その直前までずっと現役で、無精卵は1個も出していません」 さて、上記の菊花号、パーフェクト号が出た頃を若大将系確立期とみると、確立に要したのはたかだか5年である。これは異例の早さといえよう。これもやはり、"若大将″なればこそ、か。
若大将系過去最高選手鳩 | |
血統書拡大 |
■サンデー若大将号 76B E2739 B C ♀ 及川作翔 翔歴/77年秋 200K優勝 3618羽中総合 2位 300K優勝 10826羽中総合77位 500K優勝 6009羽中総合93位 700K優勝 320羽中総合 3位 ※ 若大将系の最高種鳩がパーフェクト若大将号なら、こちらは最高の選手鳩。なんと4回連続優勝という離れ技を演じた。たまたま選手鳩同士で番いになって生まれた仔だが、系統は下記にみる通り、極端に濃い近親。それでも飛ぶのは若大将系の強い遺伝力の証明だ。 |
■スーパースター若大将号 85AA8515 BC ♀ 及川茂作翔 翔歴/86年春 200K1550羽中総合優勝 300K1462羽中総合優勝 600K1378羽中総合11位 700K1453羽中総合28位 ※ 兄のダイヤモンド若大将号(下記)は、各レーストップで帰るが、神経質で入舎が悪かった。だが、そのスピードが忘れられず、3年後に再び同じ配合で作ったのが、このスーパースター若大将号。2回連続総合優勝は、サンデー若大将に優るとも劣らない。 |
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直仔/スーパーラッキー若大将号l100K優勝1000K
14位 スーパーキング若大将号1,100K6位1000K2位 スーパー19若大将号200Kダービー総合優勝 スーパー20若大将号200Kダービー総合3位 兄/ダイヤモンド若大将号82AA1278 BC ♂ 及川茂作翔 83年春500K Rg 13998羽中総合24位 84年春500K Rg 12549羽中総合324位 84年秋400k N 8623羽中総合25位 84年秋500K Rg 9027羽中総合61位 東京東地区優秀鳩賞獲得 血統書拡大 |
目に特徴がある
以後、成熟期を経て、現在に至るまで、キラ星のような無数の俊鳩が輩出した。そのいちいちを書いてゆくスペースはない。ここでは、代表鳩の極く一部を、駆け足で紹介してみよう。サンデー若大将号。パーフェクト号を若大将系の最高種鳩とすると、選手鳩の最高はさしずめ、この鳩か。77年秋、200K、300K、500K、700Kの4回連続連舎会優勝という破天荒な記録をもつ。 4回の優勝鳩はどこにでもいるだろう。連続という点に、価値がある。しかも、秋の連続なら、なお難しい。 スーパースター若大将号。この鳩の翔歴も、サンデー若大将号に優るとも劣らない。86年春、200Kおよび300Kで連続総合優勝。その後、600K11位、700K28位になっている。 そもそもこの鳩は、兄であるダイヤモンド若大将号のイメージが忘れがたく、3年後に同じ配舎でとった鳩。 ダイヤモンド若大将号はレースの度に及川鳩舎トップで来たが、入舎が悪い。例えば500KR総舎24位になった時もトップ帰還だが、結局2番手で来た鳩(怪物若大将号)の方が先に入舎して同レース総舎3位。「なにしろ、来るのは早いが、入らない。こういう神経質なところは、若大将系の特徴ですね。だから逆に、神経質だから、怖いから急いで帰って来るんじゃないかと
私は思うんです」 この辺におそらく、若大将系の優秀な帰巣性の秘密の一端がある
のだろう。 さて、若大将系の大きな特徴は100Kから1000Kまで安定して、コンスタントに来ることだが、この傾向は近年、更に強まっている。 その代表鳩が、マドンナ若大将号、プリマドンナ若大将号、M−1若大将号である。これらはすべて、柿妹鳩。前述のパーフェクト若大将号の孫にあたる。 マドンナ号とM−1号は各々エースピジョン総舎1位を/獲得。プリマドンナ号はマドンナ号の同腹だが、これも安定した力を発揮し東神会1000K2038羽中18位(連合会優勝)等に入賞している。 さて、次に若大将系の特徴について、みてみよう。 以下の特徴は、ほとんど源鳩の、特に若大将ママ号に発する。 第一に、光った柿目。しかも、太陽の光をあてると、「すぐにグーッと、針の穴に射したように、黒い瞳が収縮する。その反応の仕方がものすごく早い。人間でいえば、運動神経がいいんでしょうね」「うちの鳩の目は皆んなそんなふうになるから、あたり前のことだと思ってたんです。そしたら、来る人が皆んな見て、ピックリする」 及川さん自身、こうした光った柿目が好きで、そのイメージを追った配舎をしてきた。その点、源鳩のパパ号は、クロ目。当初、それがあまり好きではなかった。「でも今思うと、ママ号の光った柿目とパパ号のクロ目とは、配舎としては良かったんですね。クロ目の鳩は源鳩には必要なんです。
有名な系統の源鳩には、濃い目の鳩が多い」 若大将号の一番仔、M若大将号も若大将系には珍らしくクロ目に出た。が、優秀なレーサーとなっている。現在、及川さんはこうし
たクロ目のラインも重視する。 若大将系の特徴の第二は、身体が軽いこと。「舎外しなくても、軽い。体質的に軽いんですね。だから、非常に調教しやすい。舎外だけで充分。逆に訓練などはしない方がいいくらいです」 第三に、若鳩の時、雄雌の区別がわかりにくい。「雄も雌も身体が小さめで、どちらも目が鋭くてキラキラしている。そうした野性味が、中性的にみせちゃうんでしょうね。しかも、目プチが全然ない。また、若大将系は10歳以上になっても、鼻コブが咲かないので、年を感じさせません」 第四に、前にも述べたが、神経質であること。これは目の反応の速さ、ひいては頭の良さにつなが ると及川さんはみる。その他にも特徴は色々ある。徴は色々ある。アメバシであること。筋肉に弾カ性があり、ものすごく柔かい。羽はヤリ羽、各々離れていて、細い。胸が浅く、手持ちが抜群…‥・等々。 しかし最も重要な特徴、若大将系をして若大将系たらしめている特徴は、
●100Kから1100Kまでコンスタントに来るが、中でも最も得意なのは500K〜700K、分速1200m前後のレース。
●早熟であり、記録鳩の仔や兄弟は必ず飛ぶ ●遺伝カが強く、近親配合を極端に濃くしても、弊害が少ないという点であろう。
圧倒的な遺伝力
近親の弊害が少ない、と書いた。及川さんはいう、「若大将系は、近親、近親、近親で来た系統ですが、どんなに濃い近親にしても、水カキがあるとか、羽がおかしい等の奇形は100羽に1羽も出ません。それだけ遺伝力が強いんですね」 そこで、若大将系の配合の原則を、次にみよう。「例えば競争馬の場合、孫に曽孫といって、18.75%の近親が理想とされています。鳩の場合はそれでは薄すぎる。私としては、直仔・孫掛けが一番良いと思います」 その典型的な例が、若大将菊花号だ。この鳩は、直仔・孫掛けを2回繰り返した配合。 最初、源鳩ママ号とパパ号から生まれた兄妹同士て配合する。できた仔(スター若大将号)は純の若大将である。そこでこれを異血(オペルスター号)によって、2分の
1にする。 出来た仔(リトル若大将号)は若大将号からいえば孫になる。で、孫になったら、また直仔をもって〈る。直仔といっても、半分異血(岩田系)の入ったもの。 こうしてできたのが、ナショナル若大将号。
若大将菊の三兄妹の血統書(若大将将菊花号・若大将菊茂号・若大将菊姫号)
これも若大将号からは孫にあたるから、直仔(M若大将号)を掛けて戻す。ざっとこうした菊花号の配合は若大将系近親の基本である。 及川さんの経験では、「一番無難で近親の弊害が少ないのは孫に孫の配合。直仔×直仔は、半分違う血が入った同士なら、良いのが出るけど、弊害も多い。飛ばすのに難しいのは兄弟配合。でも、種鳩としては兄弟配合や親仔配合は一番良いんです。 ただ、兄弟配合でもし飛べば、それの仔は、異血で割って一代雑種にすれば、ほとんど飛び、ます」 若大将系に異血が入る場合、タイプの似たものが選ばれる。しかも、「これも若大将系の特徴になりますが、異血で割っても、できた仔はほとんど若大将になる」 そのため例えば、及川さんが若大将系を分譲した鳩舎に行くと、その仔は全部当てられる程、という。 若大将系のこれだけの遺伝力の強さを思う時、「近親をもっと極端に濃くしてもよかったような気もします。その方がスピードが出る。よく考えて、あまり濃すぎてもいけない、などと思うと、スピードがにぶってくる気がします」と及川さん。今年はまた濃い目にしているという。 過去に、極端に濃くした例がある。4回連続優勝のサンデー若大将である。「これは配合の基本も何もない。たまたま極端な配合になってしまいました」 選手鳩同士が自由恋愛で番いになって生まれた鳩である。 例えば父方の曽祖母にあたる若大将5458号の配合を見て欲しい。これは若大将の孫の同腹同士の配合に対し、若大将の直仔・孫掛け の鳩を掛けたもの。5458号の兄弟がクレージー若大将号という名の通り、クレージーな配合である。サンデー若大将号はこうした配合の仕方を何重にも張りめぐらせた極端な近親。にもかかわらず、優秀な翔歴を残した。 近親交配は、濃すぎてもいけない、無難にとどめてもいけない。とかくに難しいものなのか?「近親交配は難しいものではなく、近親に合う系統と合わない系統がある。すぐに奇形が出ちゃうとかね。 ですから、近親交配に適した系統に出会うのが難しいんです。でも、逆に言えば私は、近親で飛ばなければ本物の系統ではないと思います」 その意味で及川さんは、若大将系という得がたい系統に出会った。「なにしろ、この系統にとりつかれてるからね。バカみたいに。だから、他の系統のことはほとんどわかりません。若大将に惚れ抜いて、一体となってる」 配合を考える時は、大体レポート用紙一冊を使い切る程、考えに考えぬくという。凄まじい執念で若大将系に打ち込んで来た及川さん。その心意気がある限り、若大将系は不滅だろう。